★リフレッシュ旅行
当時勤めていた職場では、年に1度の職員リフレッシュ旅行が慣例となっていました。年齢も階級も関係なく、気の合う仲間たちで出かける旅行は、最高の息抜きであり楽しみであり、その日のために毎月こつこつ貯金をしていたものです。
ある夏、台湾へ出かけました。私にとって初めてのアジアでした。
★英語はどこ?
台湾旅行中、まったく英語を使うことはありませんでした。日本語がかなり通じたためだと思います。当時もう少し英語に真剣だったなら、看板の英語表示くらい認識できたのでしょうが、今となってはただのひとつも思い出せません...。
★カエル!?
一番の思い出は、夜の屋台で食べたカエルの足
淡白で、鶏肉に似た味なのですが、なにが違うって、あの見た目。そのままの形で調理された素揚げだったので、先輩に促されてもしばらくは口にする勇気がありませんでした。
★三国志
父の影響でしょうか。子どもの頃から、三国志が大好きでした。そんな私にとっての英雄は、「天下三分の計」を打ち立てた諸葛亮孔明なのですが、台湾では彼の存在はとても薄くて驚きました。代わりに、神のように奉られているのが、劉備玄徳の義兄弟である関羽。武芸に秀でているだけでなく、人望も厚かったという彼の像が大きくて立派で、印象深く記憶に残っています。
当時勤めていた職場では、年に1度の職員リフレッシュ旅行が慣例となっていました。年齢も階級も関係なく、気の合う仲間たちで出かける旅行は、最高の息抜きであり楽しみであり、その日のために毎月こつこつ貯金をしていたものです。
ある夏、台湾へ出かけました。私にとって初めてのアジアでした。
★英語はどこ?
台湾旅行中、まったく英語を使うことはありませんでした。日本語がかなり通じたためだと思います。当時もう少し英語に真剣だったなら、看板の英語表示くらい認識できたのでしょうが、今となってはただのひとつも思い出せません...。
★カエル!?
一番の思い出は、夜の屋台で食べたカエルの足

淡白で、鶏肉に似た味なのですが、なにが違うって、あの見た目。そのままの形で調理された素揚げだったので、先輩に促されてもしばらくは口にする勇気がありませんでした。
★三国志
父の影響でしょうか。子どもの頃から、三国志が大好きでした。そんな私にとっての英雄は、「天下三分の計」を打ち立てた諸葛亮孔明なのですが、台湾では彼の存在はとても薄くて驚きました。代わりに、神のように奉られているのが、劉備玄徳の義兄弟である関羽。武芸に秀でているだけでなく、人望も厚かったという彼の像が大きくて立派で、印象深く記憶に残っています。
★なぜ New York?
当時23歳だった私は、Sing Like Talking というアーティストが大好きでした。ファンを対象にしたNew Yorkツアーがあると聞き、勇んで申し込んだのです。英語にはまったく関係のないきっかけでした。
★芸術の都
音楽、映画、ミュージカル。博物館、街角のショーウィンドウ。
街のどこを切り取っても芸術の匂いがする、それがニューヨークです。メトロポリタン美術館には、1日ではとても鑑賞しきれない膨大な数の展示品があり、私は古代文明が堪能できるセクションで、実に有意義な時間を過ごしました。
忘れられないのは、ミュージカルの本場で観た迫力満点の芸術作品「キャッツ」。猫に扮した俳優たちが、驚くほどの身軽さで客席に出没し、駆け抜ける。英語はちっともわかりませんでしたが、十二分に楽しめた晩でした。
★CD買い込む
ニューヨークに行ったらゼッタイ出かけよう。
そう決めていたのが、CDショップでした。そんなに買うつもりはなかったのに、値段に惹かれて手が伸びて、気づけば両手に30枚以上になるCDの山..。どれも捨てがたい貴重な音楽ばかり。私は周囲の好奇の目を気にしつつ、そそくさとレジに向かいました。日本人は..なんて思われてるんじゃないかな〜と気にしつつ。
★イケてない発音
CDショップにて。WHAM! のアルバムを探していて見つからず、店員さんを呼び止めて尋ねてみました。
"Excuse me, but I'm looking for a ワーム's CD"
ヘッ?という表情の店員さん。その後、何度もワームと繰り返すのですが、気持ちは空振り状態。"Last Christmas"をハミングして初めて、
"Oh, right! WHAM!"
と微笑んでくれました。
★怖い体験
ホテルのエレベーターを1人待っていた私の後ろに、40代くらいの男性が近づいてきました。どこか怪しい雰囲気に警戒していると、
"What's your name?"
不躾なヤツだなあと知らぬ振りをしていたら、ここに泊まっているのか? 時間あるか? などど(英語は喋れなくても、なんとか少しは聴き取れました)相手は積極的な態度に出てきます。怖くなった私は、意を決して、
"Leave me alone!"
体験から学ぶ英語は確かです。この表現は今も忘れません。
★もっと英語が喋れたら
ニューヨークをもっと満喫できたはずだと後悔しています。
タクシーで払ったチップのおつりが違っていても、「ま、いいか」と諦めてしまうこともなかったでしょう...。
再訪できる日を信じて、張り切って勉強を続けたいと思っています。
【ライバルの勉強部屋】
英語学習者が集まるサイトです。楽習のヒントが、ここにあります。

★思い切っての1人旅
子どもの頃に読んだ「赤毛のアン」の島。旅立ったのは、27歳の秋のことでした。現地集合のツアーで、飛行機を3回も乗り継がなければなりません。スケジュールがぎりぎりなうえ、当然のごとく添乗員さんがいるわけではないので、トロント空港では迷子になるのではと怯えながら、ゲートめざして一心に走り続けました。
ハリファックス空港から小さなプロペラ機に乗り(紙飛行機みたいに揺れて怖かった!)、やっと憧れのP.E.I.に到着した頃はもう夕暮れ、出迎えてくれた現地案内人の女性の笑顔を見たときは、本当にホッとしたものです。車でステイ先まで送ってもらったのですが、車窓の外にはまっすぐ伸びた道と、なだらかにうねる畑が広がっていて、のどかな風景が印象的でした。
★ホームステイ先
1週間お世話になったのは、Admiral St.の老夫婦のお住まいでした。居間には暖炉があり(実際に使われてはいませんでしたが)、ソファには可愛らしいキルトがかけられています。平屋建ての母屋の裏には、木立が美しいゆったりとしたスペースの庭がありました。「まだ改装中なんですよ」という言葉どおり、隅には木材が無造作に積まれており、手作りのあったかさを感じました。
居間も含め、私が寝泊りした寝室も、浴室も廊下も玄関も、オールドカントリーで統一された装飾品がなんとも素敵。それほどゴテゴテとした飾りつけではないのに、どこを見ても手の抜きどころが見当たらない、まるで写真集から飛び出したような美しいお住まいでした。
★初めての語学学校
午前中は、現地の語学学校に通いました。通ったと言っても3日間、午前中2時間ちょいくらいの授業です。大阪からやってきたという若い女性が1人いるだけで、日本人の姿はほとんど見かけませんでした。シーズンオフのせいだったのかもしれません。レッスンは簡単なテキストを用いて行われました。それこそ、"Apple" や "book" といった単語から始まり、"What's your name?" "Do you like dogs?" で終わるような基礎的なもの。
レッスンの合間にランチタイムがあったのですが、私の昼食はステイ先のおじいさんが手作りしてくれた(パンの間に挟んでくれた)ジャムサンドと決まっておりました....。おばあさんは、いつも朝寝坊。ぼさぼさ頭のまま、それでも"Oh, that's okay. Never mind."(とか何とかかんとか....)と微笑みながら、どんどん紙袋に詰めてくれるおじいさん。申し訳ない思いで、でもすっかり甘えちゃって、3日間とも手作りサンドをほおばりました。
★現地での食事
語学学校でのランチ同様、用意してくださる食事には気負いがなく、まったくお客さん扱いを感じませんでした。だからこそ、多くのホームステイ者を受け入れてこられたお宅だったのだろうと思います。
朝は、たいていシリアル。冷蔵庫から牛乳とジュースを出してきて、それでおしまい。ある日の昼は、スパゲティの材料を中庭から仕入れてくるといった具合で、また別の日は、ドライブがてら立ち寄ったファーマーズマーケットの試食品でお腹を満たしたりしました。近所のパーティに出かけた後、次の日は2食続けて、いただいてきた残り物を片付けたなんてこともあります。こんな風に書くと、なんだか味気なく素っ気なく感じますが、意外にもなかなか楽しいものです。
すべてのお食事、私も遠慮せず美味しくいただくことができました。
★親切な人々
ドライブに連れていってくれた語学学校の先生は、あちこち観光名所を見せてくれましたし、ステイ先を世話してくれた現地案内役の女性は、中国料理のディナーに連れて行ってくれたり、バイオリン演奏会に招待してくれたり、自宅(なんと地下室!)で「焼きソバParty」を開いてくれたりと、とても素晴らしい想い出をつくってくれました。女性同士だったから安心できたんですね。男性相手だったら、ちょっと慎重にお招きを受けなければならないと思いますが....。
★初めてのアイスクリーム
これ、かなり大変でした。当初は、「赤毛のアン」にも出てきたパーティのように戸外で楽しむ予定だったのですが、あいにくの土砂降り(雷付き)天気になってしまい、仕方なくどこかの講堂のような場所を借りたのです。暗い講堂のなかで、せこせこと材料を混ぜ合わせ、氷を満たした桶のなかにアイスクリームの材料が入った容器をいれてかき回す!! .....のですが、これが、いつまでたっても固まらない! 当時の作り方をそのまま再現していて、ただただ力作業で作っていくという行程なんですが、出来あがった頃はインストラクターも私たちも汗まみれ。素朴なバニラアイスクリームの冷たい喉越しを、本当にありがたく感じました。昔の人って、ジャムにしても何にしても手間隙かけて用意していたんですね。家事の大切さ、女性の頑張りをしみじみ痛感しました。
★モンゴメリを訪ねて
「赤毛のアン」の作者、モンゴメリ縁の土地を訪ねましたが、最も記憶に残っているのは、生家で見つけた彼女のシューズ。その小さいことといったら! 当時の品物って、階段も揺りかごも何もかもがコンパクトで可愛らしいのです。
モンゴメリが勤めていたという郵便局は、当時の姿で残っていました。
★グリーンゲイブルズ
小説の中で、アンが引き取られることになった「グリーンゲイブルズ」という家。P.E.I.にあるこの家は、実は何年か前に火事で焼失してしまうという悲劇にあいました。しかし、北海道にあったカナディアンワールドという観光地に建っていた「赤毛のアンの家」の図面のお陰で、見事に復元することができたそうです。私は焼失前のグリーンゲイブルズを訪ねることができたのですが、アンの部屋、マシューの部屋、恋人の小径やお化けの森など、あちらこちらで小説の場面を再現していて感心しました。アンの時代の生活って、お菓子があったりキルトがあったり、それなりに魅力を感じていた私だったのですが、実際に当時の生活用品を見てみると....まぁなんて大変! 台所に置いてあった質素なベンチは、長いドレスを着たままの家事でへとへとになった女性のための休憩場所って言うじゃありませんか。体力勝負だったんですね...。
★英語コミュニケーション
当時は英会話にさほど興味がなく、身振り手振りで大丈夫と信じて乗り込んだ私だったのですが、...甘かった。日本に興味深々のご夫婦は、私にいろいろな質問を投げかけてくださるのです。
たとえば、
「日本の住所には通りの名前がついていないが、迷わないのか」
「日本の国旗の意味は?」
「味噌汁は、いつ出来たのか」etc
こればかりは、ボディランゲージで意味を伝えられるはずもなく..。英語力も常識的な知識にも欠けていた私は本当に四苦八苦しました。
外国語を学ぶ者は、母国について学ぶべし。痛切に感じた体験です。
★心残りといえば
残念なことは、小説に出てくる「いちご水」を飲まなかったこと! どうして飲んでみなかったんだろうと、今でも不思議です。いつかまたP.E.I.を訪ねることがあったら、ぜひトライしてみたいと思います。

プリンスエドワード島を、いつも感じていたい。
そんな方には、日本プリンスエドワード島協会のホームページが、オススメです。
なんだか切なくなるような美しい風景をたくさん紹介している、こんな写真集もいかがでしょう。素敵なインテリアにもなります。
![]() | 草原につづく赤い道―プリンス・エドワード島の12か月 吉村 和敏 (2002/11) 金の星社 この商品の詳細を見る |
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すーさん Emiさん、プログ開設おめでとうございます!
とてもEmiさんらしい感じで素敵です。 私にも、もう一つ楽しみが出来た様で嬉しいです。
P.E.Iでの一週間はEmiさんにとって最高の素敵な想い出ですね〜! 大自然の中に居ると風や空気、時の流れさえも違ってくるのかな...と行った事のない私も色々と想像しちゃいます。 北海道のカナディアンワールドには10年以上前に、主人と行った事がありますが(^^;)
2000年に主人の理解と協力でアメリカへ3ヶ月行かせてもらった時、英会話も習いたてでほとんど話せないのに、何とかなるさ..そして3ヶ月後には上達してるかも?などと今考えるとホント無謀?勘違い?でした..(^^;)
質問されて答えられない事、数知れず!
しかし色々な経験、人との出会いを通して得た物は大きかった様に思います。 英語の勉強の方は帰国後、渇を入れられた様な感じで対する思いが増してきました。 ホントいつか今度行く時の為に、日本の事もっと勉強しなくては...
色々と為になる情報ありがとうございます!また遊びに来ますね(^_^)/~
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